59結局その後、メールの遣り取りを経て、私は根本さんに誘われる形で市の『宇宙人を探せ! in 宝が池公園』と銘打つウォーキングに参加することとなった。参加を決めてから当日までを数えると20日余り。健康と美容のためもあり、私は毎日人気《ひとけ》や車の往来の少ない道を選んで練習を重ね日々を過ごした。……そして、イベント当日を迎える。私たちは根本さんの車で現地まで行くことにしたのだが、周辺の駐車場が少ないため、予定時刻よりかなり早めに出発し最寄りのカフェで朝食を摂ることにした。私はドーナツと紅茶を、根本さんはサンドイッチとコーヒーを注文し時間を潰《過ご》した。外を歩くにしても公園内で時間を潰すのにも、今が暑からず寒からずの良い気候なので助かる。食後しばらく胃袋を休ませてから、私たちは公園へと向かった。― ある日、宝が池公園に宇宙船がやってきた……というSTORY. 宇宙船に乗っていたのは、ご当地観光ツアーに来た宇宙人で、わくわくが止まらない宇宙人は、ツアーガイドの言うことを聞かず好き勝手に行動しはじめてしまったという設定。宇宙人を探し出すというのがミッションだった ―いや、何て言うか……親子連れとかだと楽しくて良い企画だと思うけど。でもまぁ、ひたすらゴール目指して歩くだけよりは途中でおさぼりもできそうだし、いっか。根本さんが何才なのかは知らないけど私と似たような年齢だと思うから何が悲しくておばさんとおじさんがこんな子供向けのイベントに参加とは……とほほのホと思わなくもないけど、よいお天気だし気持ちよく過ごそう~っと。しばらくの間、ここかなあそこかなと探しまくっていたけれど人目のつかない場所で何度か私たちは休憩し《だらけ》た。2回目の休憩迄は『宇宙人はどの辺にいるのだろう』と今回の趣旨に外れない会話だったが、3回目の休憩タイムに入った時のことだった。「野茂さん、最近金星人と接触したことあるでしょ」と根本さんから言われた。えーっ、一体全体~どういうこと? 大体からして、金星人という言葉自体普通の人間の人知を超えた単語で、尚且つ私がその疑わしいような金星人と出会っているなんてことを知っているなんて、根本さん……何者なのじゃ。実際自分が体験しているというのに、私は頭が真っ白になるわ、胸はドキドキするわで、
60 ― 特殊な能力者 ―「さっきの話だけど、僕は元々東北の方の生まれでね、そういう家系なんだ」「そういう家系とは?」「つまり、霊能者ってこと」「青森と言えば、女性霊媒師でイタコのことは聞いたことありますけど、でも確か男性のイタコは聞いたことないですね」「そう? 過去テレビなどで取り上げられていたのがたまたま女性ばかりだったからかもしれないね。でも確率の問題で沖縄のユタなんかもそうだけど、男の霊能者を名乗る人間は結構いますよ」根本さんの言い方に違和感を感じて私は失礼を承知で質問を投げかけた。「偽者もいるということでしょうか?」「そう……ですね、中にはいるかもしれません。ちらっと数人に対する偽者発言は聞いたことありますね」「……ということは、根本さんは本物ということでしょうか? あっ、失礼しました。不躾な質問をしてしまいました」「大丈夫ですよ。野茂さんのように考えてしまう人が大半でしょう。ただ本当に救いを求めて困ってる人には、本物の霊能者に出会ってほしいと思います。困ってる人は藁をも縋るという精神状態ですからね。ただ、信じても信じなくても僕はどちらでも構いません。本業はちゃんと別にありますし、仕事として人に何か手助けをしているわけでもないので。ただ、今回のあなたへの発言は間違っていない自信があります。どうですか?」「はい。普通の人が聞けばキ〇ガイ扱いされそうですが……。数か月前、私が凹んで打ちのめされていた時に、私を励ましてくれた金星人? ですかね。金星から来たという人と植物園で遭遇しました」 「その人物はあなたに会いに来た目的を何か話しましたか?」「え~っと、それは何も聞いていません。ほんと、どうして私の前に突然現れたのでしょう。私ったら呑気ですよね。根本さん、何か分かりますか?」
61 ― 根本、美鈴の過去世を視る ―「目をつむってくれますか? 僕は少しの間あなたのことを集中して視ることにしますから」根本さんから指示されて私は瞼を閉じた。 それはものの30~40秒の間のことだっただろうか。「はい、もういいですよ」 と彼から言われ私は目を開けた。 「彼はどうやら前世であなたと知りたいだったみたいですね」 「恋人同士だったとか夫婦だったとかって、そういうことでしょうか?」「いえ、そういうのではなさそうです。 人間界で言うなら、同じ職場の同僚だったようなそれくらいの関わりですね。どうしたのでしょうね、わざわざ金星からあちらでの時間軸が違うとはいえ、時間を費やして来ているわけですから。あなたに恋でもしていたのじゃないですか。 地球にまでわざわざやって来ているのですから。きっと、野茂さんの熱烈なファンだったのかも」「えーっ、そんな付き合ったり結婚していたわけでもないのに、わざわざ? ストーカーには見えませんでしたけど」私ったら、あんなに素敵で、しかも私を慰めてくれた人に対して、 ストーカーだなんて言葉を口にしたりして。少し、自己嫌悪。 ◇ ◇ ◇ ◇ 俺はそれ以上、彼女に何も告げなかった。金星人の彼が過去世で彼女に対してどれほどの想いを抱えていたのかを。そして、もう一つ重大なこと……彼女もまた彼に惹かれていたという事実を。話すべき機会《時》が来れば、その折には話してもいいかもしれない。だからといって、彼女を譲ったりはしないがな。
62ウォーキングのイベント帰りのレストランで美鈴は根本が東北出身の霊能者であることを知らされ、自分の身近であった信じられないような金星人の綺羅との接触があったことなどを当てられてしまう。金星からやって来たという綺羅々との出会いだけでもすごいことなのに、何ですと……根本さんはいろいろと人のことが視えるのだとか。自分とは一生縁のなさそうな人たちに2人も遭遇する自分って一体……。穿った見方考え方をするならば、え~ともしかして、私も金星にいたことがあり どこかの過去世でイタコだったことがあるとか? ふっ、いくら何でも穿ち過ぎだよね。レストランでの食事の後、私は自宅まで車で送ってもらった。私が車から降りると彼も一緒に外に出て来て、私に声を掛けてくれた。「身体の方は大丈夫?」「心地よい疲れなので入浴したらそのまま今夜はぐっすりと眠れそうです。今日のイベント、誘っていただいて良かったです。誰にも話せなかったことも話せましたし」「そりゃあ良かった。今日はお疲れさまでした。また、連絡します」「はい。根本さんもお疲れさまです。送っていただいてありがとうございました」私は数奇屋門先で彼の車が小さくなるまで見送り、それから庭につながる敷地に足を踏み入れた。今日は午前中から移動で車に乗り、独りではなく誰かと一緒に食事をし、誰かと一緒に歩いて宇宙人を探し、帰りも誰かと一緒にまたまた食事をして……独りじゃなくて誰かと一緒に自宅まで帰って来た。こちらに引っ越すと決めた日には、この先ずっと1人で暮らしていくのだと気負いを持ってこの家に住み始めたのに、根本さんのお陰でずーっとずっーと独りというわけでもなく、楽しい日々を過ごせている。また連絡くれるって。たった1人とだけど、繋がっていられる人のいる暮らしは、ほっとする。そこには、心の中にある寂しさを補ってくれる力がある。とにかく、お風呂に入ってまったりしよう。私はその夜、久しぶりに綺羅々のことを思った。彼を呼べば……そして彼にどうして私の前に現れたのかを訊けば何か分かるのだろうか。そんなことを考えているうちに私は夢の中へと誘《いざな》われていった。
634日後、根本さんからピザパーティーに誘われることに。 こんなに早く連絡をもらえるとは思ってなくて、少し動揺した。彼はもしかすると、いやもしかじゃなくておそらく私のことを独身者だと 思ってる。彼の家にお呼ばれした日にそれとなく自分が既婚者であることを 伝えるべきよね。でも、案外彼も既婚者で、お呼ばれした日に奥さんや子供を紹介される 可能性あるかも。彼はどういう気持ちからこんなに頻繁に誘ってくれるのだろう。 私が引っ越してきたばかりで孤立化するのを防ぐため? 気の毒に思って? 最初はそう受け取っていた。けれど、余りにも短期間のうちに急接近のようにしか見えない彼の振る 舞いに、このまま単純に浮かれて誘いに乗じていいものだろうかと思い 始めている自分がいる。でも考えてみると、異性として魅力的な男性《ひと》だというのはもちろん なんだけど、そういう枠を取っ払ったとしても、自ら相手の好意を突っぱねて 距離を置く必要があるだろうか、そう思えるのは彼が霊能者だからだ。 海千山千と霊能者にもいろいろいるが、彼は数少ない本物で、私は 自分の身の上にあったことを通してそれを知っている。いろいろ思うところはあっても、私の中でこの先の彼との付き合いの 方向性は、決まっていた。そして、彼の話をもう少し聞いてみたいという気持ちが徐々に大きく 膨らんでいくのを止められなかった。
64 当日、根本さんに迎えに来てもらい『今はちょうど山々もそして公園なども真っ赤に染まる紅葉の季節だからちょっとお寺にでも寄ってからにしませんか』と誘われ、私たちは送迎途上にあるお寺にお参りすることになった。 お参りした寺では本堂に続く参道や茶室近くに広がる紅葉や楓が赤や黄色に 色付き、心和まされた。そしてその後、彼のお宅にお邪魔することになった。誰の出迎えもなく、私は部屋に通された。 「根本さん、ご家族は? お出かけですか?」 「ははっ、僕は独身で両親は親父が退職して、最近のことですが母と一緒に 郷里に引っ込みましたので1人住まいです。あっ、1人住まいのところへお招きしてはいけなかったかもしれませんね。気が回りませんで……失礼しました。今更ですが、ご心配なくというのもなんですが庭のピザ窯でピザを焼く つもりにしてますのでずっと密室にいるようなことにはなりませんので……」「お気遣いいただき、畏れ入ります」「え~と、外に椅子も出してますし、よろしかったら庭に出られますか?」 「はい、そうします」私が根本さんに促されて庭に出て散策していると、早速彼が紅茶を淹れてくれ、庭に置かれている丸いテーブルに出してくれた。その後、すでにいろいろと下準備していたようで、すぐにピザを持って彼が 庭に現れ、テーブルにピザを置いたかと思うと、着火剤の上や周囲に炭を 乗せたり置いたりし、着火剤に火をつけて炭に火を回したものをピザ窯の 下に入れ、そしてピザを上段に入れた。そのあと鉄板を蓋代わりに窯の入り口に立てて、塞いだ。 一連の動作が手慣れていて、ちょくちょくピザを焼いているのが窺い知れた。 しばらくは、2人してピザが焼きあがるのを待つ、まったりタイム。コーヒーをゆっくりと一口飲み、カップをテーブルに置きながら 根本さんが話し出す。 「野茂さん、先日僕が話をした件ですが、あれでかなり僕の持っている能力 が眉唾ものでもないと信じていただけているということを前提に、今から話 すことも耳を傾けてもらえたらと思うのですが、どうでしょう?」 「ということは、今からのお話も普通の人間には信じがたい話 ということでしょうか?」「はい。普通で考えればある意味、お伽話のように聞こえてしまうかも しれませんね」「そう言われると何だかお話を伺う前
65 ― 僕もあなたと過去世で縁がありました ― 「野茂さん、心の準備はできてますか?」「ドキドキしますけど大丈夫です」「最近あなたと接触のあった金星人について先日、過去世であなたの身近にいた人でもしかしたらあなたに好意を持っていた人かもしれないと言いましたけど……。実は僕もあなたとは過去世で縁のあった者なんですよ。……って、普通もしこれが僕と野茂さんが初対面でこんなふうな話を聞いたり、またあなたが金星人と接触があったことなど、僕たちの間でそのような話題が出ていなかったとしたら、野茂さん、今頃僕の前から逃げ出してたんじゃないでしょうか」「ええ、今頃体調が悪くなったと言ってダッシュでお宅から逃げ帰ったと思います」「じゃあ、今こんな話を聞いてどう思いますか?」「まだ100%信じることはできませんが、根本さんのお人柄は信頼していますので、そういう過去世があったとしてもおかしくはないのかなといったところでしょうか。それと過去世で根本さんとご縁があったということなら、どんなご縁だったのか、俄然興味が沸きます」「そう言ってもらって良かったです。続きが話しやすくなりましたので」――そう言いつつ、根本はどこまで彼女に話したものかと思案するのであった。 ――そんな中ピザが焼き上がり、各々ピザを皿に乗せ、しばらく無言でピザを堪能した。一方美鈴は、ピザを美味しそうに頰張る根本の様子を伺いながら自分の内なる意識に集中するのだった。どんなふたりの話が展開されるのかと不安に襲われつつも、微妙に乙女のようなドキドキも湧き上がってくるのを止められなかった。自分を落ち着かせながら、過去世で一緒だったという2人目になる相手。もし彼が綺羅々と同じようにわざわざ自分に会うために追いかけて来た? 同じ時代に生まれ変わってきた? とするなら、理由は2つしかないように思える。自分に好意があって追いかけて来た。あと1つは考えるのも嫌だ《おぞましい》が、私が憎しみの対象で仕返しし足りなくて追いかけて来た、ということ。2つ目の理由を思いついた時、美鈴はめまいがしそうだった。
66「たぶん、今生こうやってあなたと出会えたのは僕が東北という地に産まれ落ち、特殊な能力を持てたからだと思います。……といっても、僕はイタコを生業にすることは選択しなかったので、所謂修行みたいなものは一切してないんですよね。祖母がイタコでしたが祖母からも両親からも無理強いはなく。ですので僕の場合は我流というか、高校生になった辺りから自然と霊能力が強くなりまして。その頃にあなたと自分の過去世を知りました。それは今生だけではなくて、何度も何度も転生を繰り返してきた過去世も含めてでした。ある時は今のように地球に生れ落ち、ある時は金星に誕生し、またある時は土星に生を受けたり。ですが、そのどの時も同じ場所同じ時を生きてはいませんでしたので、私たち2人が……」『結ばれることはなかったのです』迷いがあり、俺は最後の言葉を口にすることができなかった。「今まで、ただの一度も出会うことはなかったのです。今日はここまでにしますね」今回の時間だけでは語りつくせない気がして。ちゃんと説明を丁寧にしてからでないと、余りにも意味深過ぎて警戒されそうに思ったから。『えーっ、なんかぁ、決定的なことを聞けてないようで不完全燃焼ですー。私と遭う目的は? 何のために? って何だか訊きにくいんだけどぉ。いつかもっと分かるように話てくれるのかしら。あー、じれったい』そう思いつつも無理やり聞き出すというのも大人気なく思い、私は彼の言葉を受け入れることにした。
93 「振られたな……」奈羅のことが好きだったと告白したのに、そこは完全スルーされ稀良は 落ち込んだ。 しばらく気持ちを落ち着けるために部屋に留まったが、そのあと奈羅に 続いて稀良も部屋を後にした。 ◇ ◇ ◇ ◇稀良には翌日からまた、研究漬けの日々が待っていた。 一日を終え、働き疲れ軽い疲労を抱えた稀良が白衣を脱ぎ捨ててドームの 長い廊下を歩いていると、顔馴染の摩弥《♀》に声を掛けられた。「調子はどう? なんかオーラが暗いよね」「分かってるなら訊くな」「落ち込まない、落ち込まない。今度あたしがデートしたげるからさ」「あー、ありがとさん」 「何奢ってもらうか考えとく」「おう」 軽い遣り取りをしているうちに2人はドームの外に出ていた。前方には彼ら2人の位置から5・6m先に奈羅が立っていて、明らかに 稀良を待っていたふうで、稀良に視線を向けているのが見てとれた。 「あらあら、もしかしてあの人が落ち込んでる原因? じゃぁまっ、あたしはお邪魔虫にならないよう消えるわ。またねー」「あぁ、また」 稀良に手を振り離れて行く女と稀良を、奈羅は目をそらさずじっと 見つめていた。 そんな奈羅の元へ稀良が歩いて来て声を掛ける。 「俺のこと、待ってた?」「うん……」 「フ~ン。それじゃあさ、これからデートでもする?」「うん」らしくなく、乙女のように俯いて奈羅が答えた。ふたりは肩を並べ夕暮れの中、恋人たちや友達同士と、人々が賑わう街中へと 消えて行った。 ****綺羅々の懸念していたことは現実となり、奈羅に復讐するはずが何たること……。 綺羅々は稀良と奈羅の恋のキューピットになってしまったのだった。 ―――― お ―― し ―― ま ―― い ――――
92 「おねがい、ほしいの……」この短いダイアローグ《DIALOGUE》が二人の合意となった。たわわでまだ瑞々しい魅力的な乳房にはただの一度も触れないまま、尻フェチの稀良は奈羅と結合に至る。ここで稀良は綺羅々のまま退場するのがいいだろうと考え、しばらくの間、彼女との快感の余韻に浸り、そのあと身体から離れようとした。だが、奈羅の動きの方が早かった。くるりと身体をを反転させたかとおもうと稀良を下にして、彼にキスの雨を降らせ始めたのだった。その内、稀良の胸や腹にもやさしい愛撫をしかけてきた。それでまたまた稀良のモノに元気が漲り《戻り》、今度は正常位でもう一戦、彼らは本能のまま快楽の中へと身を投じていった。大好きで長い間片想いをしてきた綺羅々と二度も想いを交わすことができた奈羅は幸せだった。「綺羅々、ずっと好きだった。だから、今あなたと一緒にいるのがまだ夢みたいよ」奈羅は自分の告白に無言のままでいる隣に横たわる男に視線をやる。男はベッドの上、上半身を起こした。その髪型とシルエットから奈羅はその人物が綺羅々でないことを悟り、愕然とする。「残念だけど、俺は綺羅々じゃない」「どうして?」「言っとくけど君がしてほしいって、ほしがったんだからね。そこははっきりさせとく。俺は前から奈羅のことが好きだったからうれしかったよ。俺たち体の相性もいいみたいだし、付き合わない?」頭の中真っ白で混乱しかない奈羅は、素早く下着を付け服を着る。稀良も話しかけながら帰り支度をした。互いが衣類を身に着けたあとで、奈羅はもう一度稀良に詰問した。確かに自分は綺羅々と一緒にこの部屋へ入ったはずなのに。いくら問い詰めても綺羅々の方にどうしても帰らないといけない用事があったため、綺羅々が|自分《奈羅》のことを稀良に託して先に帰ったのだと言う。自分は酔っぱらってはいたけれど、しばらくシャワーに入るという話もしていて、絶対当初この部屋にいたのは綺羅々だったはず。だけど、酔っていただけに100%の自信が持てない自分がいた。よもや、自分がした同じような手口で復讐されるなどと思いつきもしなかった奈羅は、綺羅々を責めるという発想は出てこなかった。このまま稀良といても埒があかないと考えた奈羅は、部屋に稀良を残したまま部屋を後にした。
91 あまりの気持ち良さに奈羅は現世からどこか別の所へとしばらくの間、 意識を飛ばしてしまっていた。 意識が戻ったのは身体に別の快感を覚えたからだった。この時はまだうつ伏せ寝のままだったのだが、首筋から両肩、背中、腰と その辺りを行きつ戻りつ絶妙な力加減でマッサージを施していたはずの手の 動きに変化が あり、眠たくなるような心地良さから肉体的快感、性的感覚 を伴うものへと変わっていったのである。 奈羅は今の状況に歓喜した。ずっと綺羅々と性的関係になりステディな関係になりたいと思っていたからだ。 気付くと先程まで腰から下を纏っていたバスタオルが取り払われていた。綺羅々とバトンタッチした稀良が、しばらくの間は綺羅々と同じように マッサージしていたのだが、どうしてもバスタオルの下にある奈羅の下半身 を見てみたいという欲求に逆らえず、早々にバスタオルを取っ払って しまったのだ。 目の前に現れた形の良いぷるるんとした双丘に目を奪われ、 稀良は一瞬固まってしまった。 尻に釘付けになっている眼球に身体中の熱い血液が集中し 漲ってくるのが分かった。 もう今や、稀良の暴走しようとする勢いは理性では止められないほどに 高まっていて、手は豊満な美しい双丘を這っていた。 しばらく撫でまわしたあと、できるなら最初から触れてみたかった双丘の なだらかな斜面を下りきった所にある秘密の場所へと指を滑り込ませてい った。そして指の腹で秘所の周辺を撫で愛でていった。その時、奈羅の喘ぐような切ない吐息が漏れるのを稀良は 聞き逃さなかった。急いで稀良は身に纏っていた衣類を脱ぎ捨てマッパとなり、彼女の 上《背中》へと胸、腹とそれぞれをぴったりとくっつけた。そして首筋から肩、背中へと愛し気に愛撫を施していった。そして身体のあちこちに触れながら、一番施したかった場所へと口元を 近付けた。そこは双丘にある割れ目の根本であり、ぎゅっと両手で広げたかと思うと、 そこから舌先で秘所を弄んだ。すると、それに比例して奈羅の喘ぎ声が途切れることなく続いた。一応、稀良はジェントルマンなのでレイプ魔のようなことはしない。そんな稀良は奈羅の耳元で囁く。「していい?」すると奈羅が答えた。
90 (最終話-番外編へと続く)「シャワー終わったよ。どう、君もシャワー行けそう? それともこのまま朝までゆっくり寝とく?」 「私も行くわ。折角綺羅々との時間ができたんだもの。 朝までただ寝てるなんて有り得ない。待って、私もシャワー浴びてくる」 「急がなくていいよ。ゆっくりしておいで」 ◇ ◇ ◇ ◇「お待たせ……」「こっちに来て」俺はまだ足元のふらついている奈羅を抱き寄せる。 彼女の力が6割方抜けた感じだ。「まだ体がシャンとしてないだろ? うつ伏せにそのまま横になって。 マッサージして身体をほぐしてあげるから」「ありがと。綺羅々ってやさしいんだね」 自分がコナを掛けても冷たい反応しか返してこなかった綺羅々が部屋を とってくれて、その上抱かれる前にマッサージまでしてくれるだなんて 奈羅は幸せ過ぎて夢心地だった。 今夜のひと時が終わってもまだまだこの先も綺羅々との幸せな時間があり、 2人の未来があるのだ。 この時、奈羅は女の幸せを存分に味わっていた。 それを知ってか知らでか、綺羅々の手によって部屋の明かりが最小限に 落とされ、濃密な部屋の中、淫猥な空気が流れ始めるのだった。綺羅々は奈羅の巻かれただけのバスタオルを背中越しに腰の辺りまで ずり落とし、丁寧なマッサージを施し始めた。そして15分経った頃、後ろに控えていた稀良と絶妙なタイミングで 入れ替わった。相手は酔っている上にマッサージの施術で全く気付いていないようである。綺羅々は稀良に親指を立て、ゆっくりと静かにその場から立ち去った。 『くだらない方法だけど、仇はとったよ薔薇』 綺羅々は今いるラボ《研究所》は辞めて別の場所を探すつもりでいた。 心機一転、研究もプライベートも一から立て直そう。そう心に誓い、いろいろあったハプニングに別れを告げ、 夜明け前の人通りの少ない静謐な空気の中へと溶け込んでいった。
89 「わぁ~、あたし、どうしよう。酔っぱらってきちゃったー。 もう飲めないよ。私の代わりに綺羅々飲んで」 「はいはい、何言っちゃってるんだぁ~。天下の奈羅様が。 もっと飲めるだろ? はーい、どんどんいっちゃって」 「きついって」 そう言いながら俺がコップに酒を注ぐと奈羅は上目使いに俺のことを 見つめて、グイっと酒をあおった。 『いいぞー、その調子だ。ドンドンいけー。何も考えずガンガン飲めー』 見ていてもかなり酔っているのが分かる頃、俺は悲し気に言った。 「俺、薔薇のことが好きだったんだよね」「ん? 薔薇は……だけど薔薇はいなくなっちゃったんでしょ。 もう忘れなよ。あたしが慰めたげるからさ」 「そうだよね。ありがとーね、奈羅」「ふふん、どういたしまして」 『もうフラフラだな、コイツ』 「かなり酔ってるみたいだし、どこかで今夜は泊まって明日帰るとしますか」「はーい、さんせーい」 会計を済ませ予めとっておいたアンモデーション《宿泊施設》の 505号室に入室した。 入室すると同時に彼女はトイレに駆け込んだ。トイレの隣にある浴室を開けて確認すると稀良がちゃんと予定通り 待機していた。俺たちは改めてアイコンタクトを交わす。 「ごめんなさい、飲み過ぎたみたい。 でも、少しだけ横になったら大丈夫だと思うのよ」 「OK.じゃあその間、俺シャワーしとくよ。お先に」 俺は奈羅がベッドに横になるのを確認し、シャワールームに向かった。 実際にシャワーを浴びるのは稀良の方だ。 その間、俺はシャワールームの前で待つ。シャワーの音が止まるのを合図に上着をドア横のハンガーに掛け、 奈羅の横たわるベッドの側まで行く。
88 ―――――――― 攻略《罠》―――――――――俺はラボ内で奈羅を見つけ、飲みに行かないかと誘った。俺が真実を知っていて彼女を恨んでいるなんて知らない奈羅は、ノコノコとパブに1人でやって来た。「綺羅々が誘ってくれるなんて、あたしびっくりしちゃった。うれしー」「久しぶりだよね。あれから半年振りくらいかな。あんなことがあったのに俺、冷た過ぎたかも。何となく気になって連絡してみた。元気だった? もういいヤツ《彼》できた?」「う~ん、男友達は何人かできたけど、彼氏はまだかな」「じゃあ俺と酒飲んでも大丈夫かな」「勿論、誘ってくれてうれしかったわ」薔薇に酷い仕打ちをして悲しませた女が目の前にいる。俺は実りそうだった恋をこの女の罠でぶち壊された。今に見てろ! 俺の誘いをすっかり俺からの好意だと思い込んでいるこの勘違い女を驚かせてやろう。こんな女のこと……少しは驚くかもしれないが、さてどうだろうな。しばらくすれば落ち着きを取り戻し案外楽しむ感覚になるだけかもしれない。だが、俺に嵌められたかもしれないことはいつまでもこの女の心に残るだろ? それだけでもいいさ、何もしないよりは。つまらないことをしようとしている自覚は大いにある。俺は話題が途切れないようポツポツとだが奈羅に話し掛け、時間をかけた。何のって? 勿論、酒をどんどん勧めて酔い潰すためさ。
87その次にきた波が俺を襲う。 「稀良《ケラ》、俺は奈羅にお前を勧めて紹介できるほど親しくはない けど、お前の気持ちを成就させるための協力はできるかもしれない。 少々荒療治かもしれんが……」「どんな?」『――――――――――――――――――――』 あとは知らん、野となれ山となれ戦法だな。少々強硬手段だが上手くいくかも……もしくはいかないかも。 「いや、そんな強硬路線じゃなくてまずはデートに誘いたいっていうか、 交際の申し込みをだな……」 「俺だって親しくないんだから自分のことならいざ知らずお前の代弁とか 無理……」チャラ男のくせに目の前の男は度胸がなさそうだ。 「こうすればいいじゃないか。イタす前に了解取れば。 『いいのか?ってさ』 録音でもしとけば証拠になるだろ? それを聞けば彼女だってお前を責められないだろうし、ある意味合意 なんだからお前だって自責の念にかられることもないだろ? そのあとなら一度や二度断られてもアプローチしやすいだろ?」 「だけど一度パブで同席しただけの俺に一緒にその……部屋まで付いてきて くれるかな。自信ない」 「そこは大丈夫。部屋までは俺が連れてく。 そこのところで協力できるからこその俺の提案、この案はね」 「親しくないと言いながらそこは自信があるって……えっ? そういうこと?」 「はっ?」「彼女、お前とならアンモデーション《宿泊施設》に簡単に付いて来るって こと?」「う~ん、どうだろう簡単ではないかも。五分五分だな」 「ちょっ……ちょっと待ってくれ。 そういうことなら俺の出るまくねえじゃん」「いやいや、出てくれよ頼むよ、ぜひとも。俺、実は彼女から同じようなことされてさ、心臓止まりそうになったこと あるんだよ。だからお前の話聞いてリベンジしたくなったんだよなー。 俺もヤツ《奈羅》の心臓止めたいんだよっ。 そのせいで好きな彼女に失恋した」「恨んでるんだー」 「あーぁ、恨んでるね。 本当なら彼女Loveのお前じゃなくてどこぞの荒くれどもにその役を 任せたいくらい気分なんだよ」「あー、その役どうかどうか荒くれどもじゃなくて、俺に、この俺に してくだせー、綺羅々様」 今回のシナリオは前から考えていたわけじゃない。薔薇を失った絶望感が大き過ぎて、奈羅への復讐
86 あの日、どういうことで奈羅に付いて行ったのか? アンモデーション《宿泊施設》の同じ部屋で、まるで2人の間に何かあったかのような怪しい雰囲気の映像が無断で撮られ薔薇に送り付けられていたわけで、明らかに確信犯的犯行と思わざるを得ない。薔薇が地球上での生が終わるのを待ち、ようやく元の同じ場所同じ時間軸に連れ戻せると期待して次元と時空の狭間で待ち受け、そして望み通り薔薇を見つけることができたのに……行き違いがあったとはいえ金星でお互いが両片想いだったこともようやく確認し合えたというのに……なんと薔薇には自分との前世よりももっと遥か彼方より契りを交わしていた愛しき男がいたというではないか。探して追いかけて待って待ち続けた結果が、予想もしてなかった結果に綺羅々は男泣きをした。そして絶望に襲われた時、綺羅々の胸に憎悪とともに仄暗い感情が芽生えた。 ◇ ◇ ◇ ◇綺羅々は薔薇が金星からいなくなったしまった日から、地球上の時間軸で計るなら半年しか経っていないところへと戻った。バーの片隅で酒を飲んでいるところへ見知ったヤツ、稀良《ケラ》が隣に座った。久しぶりだな綺羅々。最近見かけなかったけど元気だった?……ってあんまり元気そうじゃないな。別の日にしたほうがいいかな。「いや、構わないさ。で、何?」「奈羅と少しくらい交流あったりする?」「あったらどうすんの?」「取り持ってもらえないかと思ってさ」腸煮えくりかえるほどの名前を耳にし、思わず綺羅々は平常心を失くすところだった。「で、いつから? 彼女と同じラボ《研究室》になって1年弱だろ」「いやさぁ、それがつい最近深夜に連れとパブに繰り出したらちょうど奈羅も友達と来ていて明け方まで相席して盛り上がったっていうか」「ふーん、それで?」「なんか、いいなぁ~って思ってさ。ただ何となく素面で誘うのって苦手なんだよな」「話が見えない……。俺に相談? 何の?」『交流あったりする?』の質問にあるともないとも答えられるはずもない綺羅々は、相手の意図するところを探ってみる。「あれから気になって、奈羅のこと」目の前のチャラ男はらしくない発言をする。目の下と首筋がほんのりと赤いじゃないか。本気なのか? それにしても奈羅の二文字を聞かされた俺はというと、吐き気がし
85「だけど、一緒には行けない。私ね、地球に産まれて永遠のパートナーがいることを知ったの。その人《夫》と長い長い気の遠くなるくらい長い時を経てまた巡り逢えて、その夫だった圭司さんが迎えに来ることになってるの。彼がね、今際の際『この世とあの世の狭間に行くことができたらそこで待っててほしい。必ず迎えに行くから』って言ったの。だから、私はここでずっと彼を待ってなきゃいけないの。綺羅々、私のことは忘れていい女性《ひと》見つけて」お互いの行き違いのあった気持ち、そして美鈴とは両片想いだったことの確認もできた。だけど、自分との出会いのあとで永遠のパートナーに出会ったという。このことが綺羅々にとっては、返す返すも悔しいことだった。綺羅々は思わず薔薇の腕を取り、再度自分の気持ちを伝えた。「僕との金星での一生を終えてからその人とまた再会すればいいんじゃない? その人はまた少しくらいなら待っててくれそうじゃない?」そう薔薇の気持ちに揺さぶりをかけてみるも彼女は首を縦に振らない。綺羅々が彼女のことを想い切れずに腕を放さないで佇んでいると……。1人の男《根本圭司》が薔薇の腕から綺羅々の手を振りほどくと「悪いね、彼女を俺に返して」と言い放ち、薔薇を抱きしめて言った。「待たせてごめん。心配したろ? 不安にさせてごめん」そうやって男は薔薇に謝りながら肩を抱き、綺羅々の前から立ち去った。自分だってどんなに薔薇を好きだっか。ずっと薔薇が人間としての一生を終えるのを待っていたのに。交際をして妻になってもらいたいと思っていたのに。こんな結末が待っていようとは……。思えば思うほどひたすらに奈羅のことが呪わしく、心の中で彼女への憎悪が膨らんでいくのを止められなかった。そして綺羅々は失意のうちに宇宙船に乗船し、金星へと戻って行くのだった。